こんにちは、税理士の高荷です。
日本の高齢化社会が進むにつれ、世の中の仕組みも少しずつ変化しています。
高齢化社会の問題のひとつに、介護費用の負担の増加があります。
昨今、この介護費用の負担を減らすために、世帯分離を利用するケースが増えていると聞きます。
介護サービスを利用する場合には「世帯ごと」の所得が基準になるので、「世帯ごと」の所得を減らすことを目的として、世帯分離を行うそうです。
私は介護の専門家ではありませんので、介護については他のサイトに説明を譲るとして、このような世帯分離をした場合に、税制上の扶養家族(扶養控除の適用)になるのか?ならないのか?が問題になっています。
そこで、今回は世帯分離と所得税や住民税の扶養控除(扶養家族)の関係について、解説したいと思います。
チェック!扶養控除とは
納税者に所得税法上の控除対象扶養親族となる人がいる場合には、一定の金額の所得控除が受けられます。
これを扶養控除といいます。
(出典 国税庁)
住民税も所得税と同じ仕組みです。
尚、所得控除については、こちらの記事でまとめています。
世帯とは
まずは『世帯』という言葉の意味から考えていきたいと思います。
この世帯の意味を理解することは、後の説明に関係するので、重要になります。
世帯とは、「実際に同一の住居で起居し、生計を同じくする者の集団」を、法律上一つの単位として処理する場合にいう。(出典 ウィキペディア)
上の説明で言う「法律上」が、具体的に「何の法律」を指しているのか分からないのですが、それについてはウィキペディアでも、次のように記載しています。
なお、世帯および世帯主の法令上の定義が厳密でないため、社会保険や社会福祉の給付増や負担減を目的とした意図的な世帯分離や世帯主設定が後を絶たない。 (出典 ウィキペディア)
しかし、世帯の定義が曖昧であっては、後の説明が続きません。
今日の表題である世帯分離には、地方自治体の住民票が関わってきます。
そこで、『住民基本台帳事務処理要領』に記載される下記の内容を採用することにします。
住民基本台帳事務処理要領(第2章 事務所処理要領関係) 抜粋
4 世帯の意義および構成
世帯とは、居住と生計をともにする社会生活上の単位である。世帯を構成する者のうちで、その世帯を主宰する者が世帯主である。単身世帯にあっては、当該単身者が世帯主となる。
住民基本台帳事務処理要領は、住民基本台帳法(及び施行令)に則って、住民基本台帳制度(住民票を作成するシステム)の運用等について定めたものです。
ここまでの内容をまとめると、世帯という言葉の定義は次のようになります。
- 一緒に暮らしている
- 生計が同じである
そして、世帯分離とは、文字通りこの世帯を分けることを言います。
具体的には、次のような内容になります。
世帯分離とは
世帯分離とは、同一の住所の住民票に登録されている一つの世帯を、二つ以上の世帯に分ける ことを言います。
つまり、今まで一つだった住民票を、複数の住民票に分ける手続きのことです。
別の言い方をすれば、別々の複数の世帯が、同じ住所に住んでいる状態を言います。
但し、この世帯分離は、あくまでも住民票上の手続です。
世帯分離をしたからといって、親子の縁が切れることや、戸籍上の変更などといったことはありません。
因みに、世帯分離とは反対に、複数の世帯を併せることを「世帯合併」と言います。
この世帯分離を語るうえで特に重要なのは、次の点になります。
世帯分離のパターンは3つ
では、実際に行われている世帯分離は、どういったものなのでしょうか?
前章の内容を考慮すると、原則的な世帯分離とは、下の【パターン1】になります。
【パターン1】
- 別々に暮らしている
- 生計が別である
これが世帯分離の基本的なパターンであり、このパターンに該当する場合には世帯分離することに関して何も問題ないと思います。
と言いますか、この場合には別々の住民票にしなければいけません。
世帯分離というより、別世帯になりますので。
しかし、世間で言うところの世帯分離とは、下記の【パターン2】の事を言うようです。
【パターン2】
- 一緒に暮らしている
- 生計が別である
これは、一緒に暮らしてはいるけれども、生計は別々になっている場合です。
このような場合には、各地方自治体も世帯分離を認めることに異論はないようです。
さらに、世帯分離をした方が介護保険の負担も少なくすることができるのでしょう。
問題は、最後の【パターン3】の場合です。
【パターン3】
- 一緒に暮らしている
- 生計が同じである
こちらは、一緒に暮らしていて生計も同じであるにも関わらず世帯分離はしたい、というパターンです。
つまり、介護保険の負担を減らす等の目的で、形式上だけ世帯分離したいというパターンになります。
この【パターン3】は、実質的には世帯分離には該当しません。
しかし、この【パターン3】の場合であっても、世帯分離が認められてしまうことがあるようです。
【こちらは二世帯住宅工事に係る所得税の軽減措置に関する記事】
【確定申告】二世帯住宅工事を行った場合の3つの減税制度【控除額の計算、適用要件、手続方法など】
役所によって対応が違うのが原因
では、なぜ実質的には同世帯であるにも関わらず、世帯分離が認められてしまうのでしょうか?
まずは、下の図をご覧ください。
これは、大阪市の世帯変更届に関するHPの説明図です。
小さいので分かりづらいかもしれませんが、赤丸で囲んだ部分に「世帯分離」と記載されています。
この画面から判断する限りでは、世帯分離をする場合であっても、特別な書類等は必要ないようです。
つまり、このように解釈できます。
もしかしたら、口頭で質問があるかもしれませんが、口では何とでも言えます。
従って、世帯分離の手続に際しては、生計が別であることを特段証明する必要は無いということになります。
更に、行政側にもそれを確認する術がありません。
但し、ここまでの説明は、言葉の定義等を私的に解釈している部分もあります。
世帯や世帯分離に関して法的に明確な定義がない以上は、行政側の判断が正しいということになります。
前述した【パターン3】のような場合でも、行政側がそれを認めるのであれば、その決定に異論を挟む余地はありません。
各地方自治体によって取扱いは異なると思いますが、実際問題として『別生計かどうか』を客観的に全て判断するのは難しいでしょう。
世帯分離と税法上の扶養判定は別物
さて、世帯分離が認められた場合であっても、それが税法上の扶養控除(扶養家族)の判定に繋がるわけではありません。
まずは大前提として、下記の内容を念頭に置いてください。
世帯分離と所得税(住民税)の扶養は、全くの別物である
最大の間違いは、次のように考えてしまうことにあります。
- 世帯分離をしたから、扶養に入れない
- 世帯分離をしても、扶養に入れる
つまり、世帯分離と扶養控除(扶養家族)をセットで考えるのが、そもそも間違いなのです。
世帯分離は介護費用の負担軽減を目的とするものだと思いますが、介護費用の負担の減少と税金の負担の減少も別物です。
結果として両方軽減されたり、どちらか一方しか軽減されなかったりするだけのことなのです。
税法上の扶養家族は、下記のように規定されています。
扶養親族とは
扶養親族とは、下記の要件を全て満たす親族の事を言います。
- 配偶者以外の親族(6親等内の血族および3親等内の姻族)または児童福祉法の規定による里子や老人福祉法の規定により市町村長から養護を委託された老人である
- 納税者と生計を一にしている
- 1年間の合計所得金額が38万円以下である
- 事業専従者ではない
この扶養親族のうち、その年12月31日現在の年齢が16歳以上の人が、控除対象扶養親族に該当し、税金の扶養控除が受けられます。
上の4つの要件を全てクリアできれば所得税(住民税)上は扶養家族になりますし、クリアできなければ扶養家族にはなれません。
世帯が云々、住民票が云々ということは、全く関係ないのです。
という質問に対しては、こうお答えします。
生計を一にするとは
所得税(住民税)の扶養家族の判断で、最も判定が難しいのは「生計を一にしている」という部分だと思います。
この部分については、下記のように規定されています。
- 日常生活を共にしている
- 日常生活を共にしていなくても、仕事や学校の休暇時には親族のもとで生活している
- 親族間において、生活費や学費等の送金が行われている
- 合計所得金額が38万円以下で、他の人の控除対象配偶者や扶養親族となっていない
一般的には、このように捉えることができます。
生活費が同じ財布から出ている = 生計を一にしている
しかし、「この条件を満たした場合には、生計を一にしているものとする」などの明確な規定はありません。
そのため、それぞれの個別事情を総合的に勘案して判断する、としか言いようがありません。
コラムサザエさん一家は別生計か
さて、サザエさん一家をご存知だと思いますが、おそらくサザエさん一家は世帯分離していると思います。
- 磯野家(波平、フネ、カツオ、ワカメ)
- フグ田家(マスオ、サザエ、タラオ)
では、この場合にそれぞれの世帯の生計は別々と言えるのかどうかですが、税法の場合には、まず「実態」で考えるという方法を採ります。
両家とも同じ家に住んでいて、玄関も同じ、土地や建物はおそらく波平さんのモノでしょう。
そこで、フグ田家が磯野家に家賃を払っているのか?や水道光熱費等や電話代などがどうなっているか?などの疑問が出てくると思います。
しかし、税法上そういう細かいことは二の次なんです。
実態はどうか?実質的にはどうなのか?という事をまず考えます。
- 磯野家は、磯野家(波平さん)のお金で生活しているのか?
- フグ田家は、フグ田家(マスオさん)のお金で生活しているのか?
それぞれの世帯が、それぞれのお金で生活しているのであれば、それは別生計になります。
もし、それで判断できなければ形式的な事や、先に挙げたような細かいことで判断することになります。
直ぐに形式的なことを持ち出す人もいますが、税法では形式的な判断基準は2番手以降に登場します。
税法は、まず「実態」で判断するという事を覚えておくと良いと思います。
分からない場合は扶養家族として申告してしまう
扶養家族に該当するのかしないのかを最終的に判断するのは税務署です。
しかし、税務署が判断をするには、何らかの判断材料が無ければなりません。
そのために確定申告制度があります。
確定申告制度は「自己申告制度」です。
ですから、税務署が扶養家族かどうか判断をする前に、自分で判断を下すことになります。
まず、自分(納税者)が正しいと思う方で申告し、それを受けて税務署は判断します。
間違っていれば何かしらの連絡があるでしょうし、間違っていなければ何もありません。
また、税務署側も書類からでは判断しかねる場合もあります。
その際には、税務署からお尋ね(確認)があると思いますので、自分が正しいと思った理由を説明してください。
通常は書面で確認書類が送付されてくることが多いので、そこに回答を書いて返送するようにします。
尚、確定申告が間違っていたというケースには、2つのパターンがあります。
- 税額が増えるパターン
- 税額が減るパターン
このうち、1番の税額が増えるパターンの間違いについては、
しかし、2番の税額が減るパターンの間違いについては、
その理由を、下の例で説明します。
例)
- 扶養家族にならないのに、扶養家族にしていた場合
この場合には、扶養控除にできないことになりますので、税額が増えます。
このパターンであれば、必ず税務署から連絡があります。
なぜなら、税金をなるべく多く徴収するのが税務署の仕事だからです。
また、このような事案について税務署はかなり厳しいので、3年くらい経ってからでも連絡してくることがあります。
- 扶養家族になるのに、扶養家族にしていなかった場合
この場合には、扶養控除にできることになりますので、税額が減ります。
このパターンでは、税務署は連絡してきません。
徴収した税金が減るようなことを、税務署は自ら行いません。
例えそれが、間違いであってもです。
というよりも、こういった事案についてわざわざ税務署は調査をしません。
この場合には、納税者側から「更正の請求」という手続きをとらない限り、納めすぎた税金が戻ってくることはありません。
ただし、間違いがバレなければ何事も起こらない、ということは付け加えておきます。
何が言いたいのかと言うと、扶養家族かどうか判断がつかない場合には、次のような方法で確定申告をしておくのも、一つの方法としてあり得るということです。
【こちらは住宅ローン控除の更正の請求に関する記事】
最後に
世帯分離を行う場合には、まずその目的を最優先することをお勧めします。
介護費用の削減が目的であれば、それを最優先事項にすべきです。
税金上の扶養になるか否かは別問題ですので、もしこれらを併せて考えるのであれば、どちらか一方を選ばないといけなくなった場合にどうするか考えて下さい。
お金の問題だけで決めるのであれば、おそらく介護費用の方が得でしょう。(ハッキリとは言えませんが)
しかし、お金の問題だけでなく他の個人的な問題や、家族の問題・モラルの問題等が絡んでくるかもしれませんので、よく検討してから決めるようにしてください。