こんにちは。税理士の髙荷です。
さて、会社の事務担当者にとって従業員の労務管理は重要な仕事のひとつです。
従業員の入退社に際して、社会保険や雇用保険など会社外部の機関に対する手続き等を行わなければなりません。
特に、小規模な中小企業の場合、1人の事務員が人事・労務・経理・総務などの事務作業を全て受け持っていることも多いと思います。
そのため、ついついこれらの事務手続きを失念してしまうことも考えられます。
もし、社会保険関係の手続きを忘れていた場合には、「健康保険証」という従業員の生活に必須のアイテムが届きません。
そのため、従業員本人からの申し出があることが多く、社会保険の未加入期間が短期間で済むことが多いのですが、雇用保険の場合には、ちょっと勝手が違ってきます。
雇用保険は、従業員の在職期間中に利用することがほとんどないため、従業員自らが未加入の申し出をしてくることもまずありません。
そのため、1年に1回の労働保険料の計算時に、未加入であったことに気付くケースが多いのです。
このような理由から、雇用保険の加入・未加入を巡って、会社と従業員との間でトラブルが起こることがあり、会社側の責任を問われることもあり得ます。
そこで今回は、雇用保険の手続きを忘れていた場合の対処法と、会社と従業員との間でトラブルが起こりやすいケースについて解説したいと思います。
雇用保険の遡及加入期間
雇用保険とは、従業員が退職等により失業した場合に、退職後の生活の安定や再就職を促すために失業手当などを支給する保険を言います。
退職後に、ハローワークへ行って失業保険の手続きをしたことのある人も多いかと思いますが、あの手続きができるのも、在職期間中に雇用保険に加入していたからです。
その雇用保険ですが、加入要件と手続き期間が、次のように定められています。
【雇用保険の加入要件等】
〔加入要件〕
- 次の2つの要件を満たす従業員は、雇用保険に加入しなければなりません
- 勤務開始時から31日以上働く見込みがあること
- 雇用契約等により、31日以上雇用が継続しないことが明確である場合を除きます。
- 1週間あたり20時間以上働いていること
- 契約上の所定労働時間が、週20時間であることが必要です。
尚、原則として在学中の学生は、雇用保険に加入することはできません。
また、上記の要件を満たした従業員がいる場合には、会社側は、必ず雇用保険に加入させなければなりません。(任意ではなく、会社側に加入させる義務が生じます)
〔手続期間〕
雇用保険の手続期間は、雇用関係が成立した日(一般的には、入社日)の翌月10日までです。
例えば、5月15日付けで従業員を採用した場合には、翌6月10日までに雇用保険の手続を行う必要があります。(雇用保険の手続は、ハローワークにて行います)
雇用保険に加入すると、一応「雇用保険被保険者証」が発行されますが、前述したとおり、在職期間中に被保険者証を使用することは、まずありません。
ですから、従業員も、自分が雇用保険に加入しているかどうかを意識する機会がないため、未加入期間(手続きを忘れていた期間)が長期に渡ってしまうことがあるのです。
但し、雇用保険への加入手続きを忘れていた場合であっても、過去に遡って加入手続きを行うことができます。
そして、遡って加入できる期間は、次の期間となります。
【雇用保険に遡及加入できる期間】
最大で、2年間
- 手続き時に、入社時からの出勤簿や賃金台帳等が必要となります。
- 必要な書類は、所轄のハローワークに確認してください
雇用保険に遡及加入した場合の保険料
上記のとおり、雇用保険は過去2年間遡って加入することができますが、遡及加入した場合には、未加入期間分の保険料を支払う必要があります。
ただ、この保険料は、雇用保険の手続時に支払う必要はありません。
【雇用保険に遡って加入した場合の保険料の支払い】
遡及加入した雇用保険の保険料は、毎年6月~7月に行う年度更新時(労働保険料支払時)に支払います
雇用保険の遡及加入手続きと、それに伴う遡及保険料の支払いは、別の手続きになります。
労働保険料は、当年4月から翌年3月までの1年間の保険料を見込みで支払います。(これを、概算保険料と言います)
そして、翌年に保険料が確定(これを、確定保険料と言います)した時点で、先の概算保険料との過不足を精算することで帳尻を合わせます。
労働保険は、「雇用保険」と「労災保険」の2つで構成されており、未加入期間云々に拘わらず、この労働保険の年度更新時(年1回、毎年6月~7月)に、雇用保険料を支払うことになっています。
ですから、未加入期間の遡及加入手続き時には、保険料を支払う必要がないのです。
但し、従業員を雇用保険に遡及加入させた場合には、注意しなければならない点があります。
【雇用保険に遡って加入した場合の注意点】
遡及加入する期間が保険料の確定期間まで及ぶ場合は、「会社側」で確定保険料を訂正する必要があります
つまり、遡及期間が概算保険料の期間ではなく、確定保険料の期間を含んでいる場合には、会社側でその確定保険料を訂正する手続きを行わなければなりません。(そのうえで、訂正した保険料を支払うことになります)
雇用保険と同様に、社会保険も過去に遡って加入手続きをすることができますが、遡及加入に伴う追加の社会保険料は、国(日本年金機構)が計算して、自動的に請求されます。
ところが、雇用保険料の支払は、前述したような概算保険料と確定保険料の精算方式になっているため、雇用者側で確定保険料を訂正しなければならないのです。
例えば、2019年(令和元年)10月の時点で、2018年(平成30年)9月に溯って雇用保険に加入すると、下図のような保険料の支払となります。
上の図のように、遡及加入した2018年9月から2019年3月までの保険料は、既に確定しているため、この確定保険料を訂正し、訂正後に追加の保険料を支払わなければなりません。
但し、2019年4月以後の保険料については、まだ確定していないため、翌年(2020年)の労働保険料年度更新時に、遡及加入した従業員の分も含めて確定保険料を計算すればOKです。
ここまでの解説で述べたとおり、雇用保険は過去に遡って加入することができますが、「遡及加入の手続き」と「遡及加入に伴う追加保険料の支払い」は、別の手続きになることに注意してください。
雇用保険未加入のトラブル
雇用保険に加入する最大の目的は、退職後の失業保険を受給することです。
退職後に直ぐ次の職場に移れる保証はなく、場合によっては失業期間が長期に及ぶことも考えられます。
ですから、失業保険は、退職後の従業員の生活を保護する重要な役割を持っていると言えます。
尚、正確には「失業保険」という用語はなく、「雇用保険で貰える失業給付」のことを指しますが、広く一般的に使われている用語なので、ここでは「失業保険」で統一します。
この失業保険ですが、雇用保険に加入していることはもちろん、その「加入期間」に応じて支給日数が決定されることになっています。
例えば、自己都合退職の場合には、下表のような日数となります。
【自己都合退職の失業保険の支給日数】
雇用保険に加入していた期間 | 支給日数 |
---|---|
1年未満 | - |
1年以上10年未満 | 90日 |
10年以上20年未満 | 120日 |
20年以上 | 150日 |
雇用保険に加入していた期間が10年区切りで、失業保険を貰える日数が変わってきます。
ですから、あまりないケースではありますが、例を挙げるとすれば、雇用保険への加入手続きを2年以上忘れていた労働者が退職する場合などでは、10年以上勤務している場合であっても、雇用保険への加入期間が10年以上にならないケースも考えられるのです。
極端な例ではありますが、このようなケースでは、きちんと雇用保険の手続きが行われていれば、120日分の失業保険を受け取ることができます。
しかし、長期の未加入期間があったことにより、90日分の失業保険しか受取れないことになってしまっています。
そして、これが原因で、退職者と会社との間で、大きなトラブルが起こってしまう可能性があるのです。(要するに、失業保険が適正に受給できなかったのは会社に責任があるから、会社が責任を取れということです)
失業保険は、退職者にとって大事な収入源です。
退職後の生活にも大きく関わってきますので、社会保険と比較しても、雇用保険の方がトラブルが起こりやすいと言えるでしょう。
従って、無用なトラブルの回避と、退職後の従業員の生活のことを考えて、確実に雇用保険の手続を行うようにしてください。
【雇用保険に加入させたなかった場合の罰則】
前述したとおり、雇用保険の加入要件を満たす従業員がいる場合には、会社側は必ず雇用保険に加入させなければなりません。
では、会社側がこの義務を怠った場合、罰則はあるのでしょうか?
この点については、下記のように定められています。
事業者が被保険者資格を有する労働者を雇用保険に加入させる義務を怠ったときは、懲役6ヶ月以下もしくは罰金30万円が科せられる。(雇用保険法83条1号)
このような規定が定められていますが、実際には、加入義務を怠った会社に、即この罰則が適用されることはありません。
通常は、加入させる義務を怠った事実について労働局等に申告がなされ、これに基づく調査で義務違反の事実が認められると、労働局より指導、勧告が繰り返し行われます。
それでも違反を是正しないといった悪質な会社がある場合に、罰則規定が適用される可能性があるというわけです。
一概に安易なことは言えませんが、労働保険に加入させる義務は会社側にあるため、トラブルが起こった際には、会社側の責任が問われることも多くなると思われます。
そのため、雇用保険に限らず、会社が外部の機関に対して行う手続きについては、手続方法と期限を守って行うことが望まれます。
以上で、雇用保険の加入手続きを忘れていた場合の対処法とトラブルの可能性についての解説を終わります。
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