こんにちは。税理士の高荷です。
以前の記事で、民法及び相続税法における「配偶者居住権」の取扱いについて解説しました。
この配偶者居住権は、被相続人(亡くなった人)とともに住んでいた不動産(家)を配偶者が相続した場合に、それ以外の財産(現金や預金など)をほとんど相続できないことを見直すために創設された制度です。
しかし、ここで疑問に思うことはないでしょうか?
それやったら、最初から家を分けて相続したらええやん。
確かに、相続の際に、不動産を相続人で分けて相続することは可能です。
物理的に分けることは不可能なので、「共有」という形で「家の権利」を分けることが可能ですが、現実的にはこの方法はあまり採用されません。
なぜ、あまり採用されないのでしょうか?
また、「共有」以外に相続した不動産を分ける方法はないのでしょうか?
このような疑問にお答えするため、今回は、相続において不動産を分割して相続する方法について解説したいと思います。
尚、配偶者居住権及び相続税の詳細については、下記の記事で解説していますので、併せて参考にしてください。
【平成31年度税制改正】配偶者居住権の相続税における取扱いと計算方法
相続税の仕組みと計算方法【財産評価から基礎控除、税率、特例、納税額まで】
不動産を分けて相続する4つの方法
相続において、一番揉める原因は「不動産」です。
特に、不動産以外にめぼしい財産がない、いわゆるこじんまりとした相続で揉めることが多いのです。
考えてもみてください、大金持ちの人であれば、不動産も複数持っているでしょうし、その他にも沢山の財産を持っています。
こんなことを言ったら不謹慎ですが、相続人(相続する人)にとっても、数多くある遺産の中から相続する財産を選ぶことができます。
そのため、わざわざ不動産に拘る必要がないので、遺産分割という面では揉めることは少ないのです。
逆に、亡くなった人が残した主な遺産が自宅のみというケースで、相続人が複数いる場合ではどうでしょう?
このようなケースでは、相続人間でその自宅をどのように分けるかを話し合う必要があります。(遺言がない場合です)
相続においては、残された遺産を相続人間で平等に分ける必要はなく、全員が合意すれば、ある人は不動産を相続し、ある人は現金預金を相続し、またある人は何も相続しないということでも問題ありません。
しかし、主な遺産が自宅不動産しかないケースで、相続人それぞれが、自分の取り分(言葉は悪いですが)を主張しだすと、話しが変わってきます。
この場合には、次のような問題点が生じます。
- 不動産は、物理的に分割することができない
- 不動産は、価値の算定が難しい
- 残された自宅に住みたい人と売却してお金を相続したい人で意見が食い違う
- 相続人の現況(例えば、亡くなった人の面倒を見ていた人とそうでない人)によっては、不公平感がでる など
上記のような問題があるため、自宅(不動産)の分け方を巡っては、頭を悩ませ揉めることが多くなるのです。
このように、亡くなった人が遺した主な財産が自宅の不動産のみという場合には、大きく分けて4つの相続方法が考えられます。
① | 現物分割 | 土地(敷地)を分割することで自宅を分ける方法 |
② | 代償分割 | 相続人のひとりが自宅を相続して、他の相続人に自宅の価値に応じた金銭を支払う方法 |
③ | 共有 | 自宅を相続人が共同で相続する方法 |
④ | 換価分割 | 自宅を売却し、売却代金を相続人間で分ける方法 |
- 上記①~③は、自宅を残して相続する方法です。
- 上記④は、自宅を売却して相続する方法です。
上記の4つの相続方法について、次の章から順番に解説していきます。
【遺産分割手続き】
亡くなった人の財産(遺産)を相続人全員で話し合って、それぞれの相続人が相続する財産を決めることを「遺産分割」と言います。(遺言書がない場合)
遺産分割をするためには、相続人全員で話し合いを行う必要があり、この話し合いのことを、「遺産分割協議」と呼びます。
そして、遺産分割協議により、それぞれの相続する財産が整ったことを証するために作成する書類を「遺産分割協議書」と言います。
ここまでの過程(遺産分割手続き)を経て、初めて相続財産を自分の名義に変更することが可能となります。
ですから、遺産分割手続きが滞りなく終了するまでは、勝手に預金を引き出したり、財産を売却したりすることはできません。
但し、遺産分割には期限が定められていません。
そのため、例えば親が亡くなって、その自宅を相続財産として遺した場合には、売却などの事情がなければ、当面の間、遺産分割手続きをしなくても住み続けることは可能です。
しかし、いざその自宅を売却しようとする時には、誰が自宅を相続するのか、改めて相続人間で話し合う必要があります。
このようなケースでは、親が亡くなってから自宅売却までの期間に、相続人の誰かが亡くなっていることも考えられます。
すると、亡くなった相続人の配偶者や子供などが相続人となるため、遺産分割の対象者が増える可能性があり、さらには遠縁関係になるため話し合いが難航する可能性も出てきます。
従って、遺産分割に期限がないとはいえ、できるだけ早いうちに遺産分割協議を行って、手続きを終えるのが正しいあり方です。
現物分割について
それでは、上記に掲げた4つの自宅の相続方法について、まずは①の「現物分割」から解説していきます。
現物分割は、その名のとおり、自宅を現物として残したまま分割して相続する方法です。
但し、前述したとおり自宅を物理的に分けることは不可能なので、一般的には「土地(敷地)」を分割することになります。
具体的には、次の図のようなイメージです。
現物分割のメリットは、住み慣れた自宅や、亡くなった人の思い出の家をそのまま残せることです。
但し、重大な問題点もあります。
それは、何度も述べているとおり、家(建物)は物理的に分割できないという点です。
土地は上手に半分ずつ分割できても、その上に建っている建物は分割することができません。
そのため、土地の分割線上に自宅がある場合には、自宅の全部または一部を撤去する必要が生じるケースがあるのです。
そうなると、結局自宅を売却(又は取り壊し)することになり、現物分割の意味がなくなってしまいます。
では、どうしたら良いかというと、現物分割をする場合には、広めの土地を下図のように分割して相続する方法が適当だと言えます。
この方法であれば、2人の相続人間でほぼ平等に現物分割を行うことができます。
上図のような方法であれば、2人の相続人間で平等な相続ができそうな感じがします。
しかし、このケースでも問題点があります。
上の図のように、ちょうど上手い具合に土地と建物を分けられたとしても、将来、自宅を建て替える場合に、建蔽率・容積率などの法的規制により同じ規模の建物が建てられない可能性があります。
さらに、自治体によっては、新たに分割する土地の面積制限が、条例によって定められている地域も存在します。
従って、遺産分割協議で合意した現物分割の方法も、法令等によって「NO」とされてしまうことも考えられるのです。
私の知り合いの土地家屋調査士の言葉ですが、「土地は人生そのものだ!」とよく言っています。
国土の狭い日本にあって、土地は大変貴重な資産です。
隣家との僅か数㎝の境界線でトラブルになることも多々あります。
相続において、最もトラブルの元になりやすいのが不動産であると述べましたが、何も知らずに遺産分割を進めてしまうと思わぬ落とし穴があるかもしれませんので、遺産分割協議に詳しい専門家を頼ることや、法令等を事前に確認しておくことをおすすめします。
尚、現物分割は、不動産の分割ではなく、多くの遺産がある相続などで採用されることが多い方法です。
- 相続人A … 不動産を相続
- 相続人B … 車と現金預金を相続
- 相続人C … 株式と現金預金を相続
- 相続人D … ゴルフ会員権と貴金属類を相続
上記のように、残された遺産を「そのままの形(現物)」で各相続人が分割して相続する際に、現物分割が利用されます。
代償分割について
続いては、自宅を相続する際の2つ目の方法として「代償分割」について解説します。
代償分割は、自宅を相続人のひとりが相続し、他の相続人には自宅の価値に応じた金銭を遺産の代わりに支払う方法です。
例えば、4,000万円相当の自宅を遺して親が亡くなった場合に、相続人が兄妹2人であれば、次の図のような相続方法が代償分割になります。
- 4,000万円の自宅(土地・建物)は兄が相続
- 自宅の換金価値の半分(2,000万円)を、兄が妹に支払う
親が亡くなって相続が発生した場合、相続人が子供だけのようなケースでは、なるべく平等に財産を分けたいと考えるものです。(「平等」という考え方は、それぞれの子供の現況にもよりますが)
そのような時に、親が残した主な財産が自宅のみというケースで、極力不公平感を感じないような分け方ができるのが代償分割です。
この代償分割を上手に活用できるかどうかのポイントは、次の2点です。
- 自宅の換金価値を適正に見積もれるかどうか
- 代償分割を行う財源を確保できるかどうか
冒頭の方でも述べましたが、不動産の価値を適正に見積もることは、非常に困難です。
全く同じ広さ・形状の土地・建物でも、存在する地域、周りの環境、時期、鑑定人などによって、その価値が異なってきます。
上図の例でも、現在は4,000万円の価値があると見込まれるものの、1年後に売却しようと思ったら3,000万円の価値しかなかったということも十分あり得るのです。
従って、代償分割をする際には、不動産の専門家などに頼って、相続人全員が納得できる換金価値を提示してもらうことが重要であり、且つその家に住み続けることができる相続人が相続することも大事になります。
また、自宅を相続した相続人は、他の相続人に「自分でお金を支払う」ことになります。
上図の例では、兄が、妹に、2,000万円を支払う必要があります。
つまり、兄は妹に支払うだけの金額(2,000万円)を確保しておかなければなりません。
もし、代償分割のお金が確保できる見通しがないのであれば、代償分割は選択しない方が良いでしょう。
一部では、金融機関から借入れをして支払う方法もあると述べているサイトもありますが、これもよく検討してから行ってください。
このような場合の借入れは、一般的に「不動産担保ローン」になるかと思います。
不動産担保ローンは、長期で借入ができ金利も低く設定されていることが多いので、代償分割の資金確保に向いているローンですが、毎月滞りなく返済することが最低条件で、返済が滞った場合には担保である不動産を失う可能性もあるので注意が必要です。
さらに、融資が実行されるまで1ヶ月程度は時間が掛かるので、余裕を持って融資の申込みを行うことも重要です。
代償分割は、亡くなった人の自宅を残すという意味では、現物分割よりも有用と言えますが、最低でも上記2点の条件を満たす必要がありますので、その点に留意して検討してください。
共有について
自宅を相続する3番目の方法は、「共有」です。
「共有」という用語は、一般にも馴染みのある言葉だと思いますので、説明をしなくても理解できる人が多いのではないでしょうか。
共有とは、自宅を物理的に分けるのではなく「持分(権利)」として分ける方法です。
- あくまでも権利上での共有であり、所有面積の比率を表すものではありません。
- 具体的には、共有名義の不動産登記を行うことによって、共同で所有します。
この「共有」という相続方法は、物理的に自宅を分けるのではなく、自宅の所有権の持分として権利を分割する方法になるため、確実に自宅を残すことができます。
さらに、上図では半分ずつ(1/2ずつ)持分を共有していますが、必ずしも半分にする必要はなく、兄が3/4、妹が1/4といった持分にすることも可能です。
また、先ほども述べたとおり、「共有」は一般的にもよく知られる方法なので、遺産分割などでも有効な方法だと思われがちですが、実は、専門家の多くは共有による相続を推奨していません。
そして、相続後に最もトラブルが起きやすいのも、この「共有」なのです。
その理由は色々あるのですが、最大の理由は「共有であるがゆえに、1人で意思決定をすることができない」点にあります。
例えば、次のような事柄が挙げられます。
- 共有名義人全員の同意がないと処分(売却や建て替えなど)できない
- 共有者の1人が自宅を売却したいと思っていても、他の共有者「全員」が同意しないと売却することができません。
- 極端な話、上図の兄妹で、兄が99/100の持分・妹が1/100の持分であったとして、兄が自宅を売りたいと思っても、1/100持分を持っている妹の同意がないと売却できないのです。
- もちろん、共有の自宅を担保に入れてお金を借りる場合でも、共有者全員の同意が必要になります。
- 共有名義人が変わる(増える)可能性がある
- 共有名義人が亡くなった場合、その共有名義人の相続人が新たな共有者となります。(この時点で揉めることも十分考えられます)
- 共有名義は、相続によって引き継がれていくため、場合によっては、共有名義人が増加・複雑化し、収拾がつかなくなってしまうこともあります。
- こうなると、全ての共有名義人の意思を統一することは、一層困難になります。
- 共有名義人の1人がその自宅に住むことになっても、維持費等は所有者である共同名義人に掛かってくる。
- この維持費等をどうするかでも、トラブルが発生する可能性があります。
このように、相続時には円満に遺産分割ができる共有ですが、後になってトラブルになることが多いため、安易に選択することをおすすめしていないのです。(特に、兄弟姉妹間のトラブルが多いのも共有の特徴です)
換価分割について
最後に、「換価分割」について解説します。
前章までに解説した3つの方法は、基本的に亡くなった人の自宅を残す方法でしたが、換価分割は「自宅を売却して、その売却代金を分ける」方法です。
従って、換価分割を選択した場合には、亡くなった人の自宅を残すことはできません。
前述した3つの方法とは異なり、お金を分割する方法なので、相続人間の不公平が生じることもなく穏便に遺産分割手続きができそうな方法ですが、実は、この換価分割についても注意しなければならないことがあるのです。
代償分割の章でも述べたとおり、不動産には換金価値を判断する難しさがありますが、換価分割の場合には、さらに重要な問題点があります。
それは、「買い手が付くかどうか」ということです。
さらに、「希望する売却価格で売れるかどうか」という問題も併せて生じます。
【換価分割の問題点】
- 相続した自宅を4,000万円で売りに出した
↓- その後、3,800万円で買い手が現れた
↓- しかし、相続人の1人が「3,800万円では売らない」と反対した
↓- 結局、3,800万円での売却は見送った
↓- 1ヶ月後、3,500万円で買い手が現れた
↓- 相続人で協議した結果、売却は見送り
↓- その後しばらく買い手が付かず、業況が悪化
↓- 4,000万円どころか、3,000万円でしか買い手が見つからなかった
↓- 泣く泣く、3,000万円で売却
↓- 売却価格や売却時期を巡って、相続人間でトラブル発生
というようなケースも、現実にはあり得ます。
従って、「簡単に売れるだろう」や「こんなもん(価格)でいいんじゃね」という感覚で売却すると、痛い目にあうことも考えられるので、やはり不動産売買の専門家等と相談しながら売却手続きを進めるのが望ましいでしょう。
尚、換価分割を行うには相続人全員の合意が必要ですが、亡くなった人の名義のままでは売却することができません。
そのため、遺産分割手続きにより、一旦相続人の共有名義にしてから売却し、売却代金を共有持分に応じて分割する方法をとるのが一般的です。(又は、いずれか1人の相続人名義にしてから売却し、その後売却代金を分割する方法もとられます)
前章で解説した「共有」とセットで換価分割が行われることが多いのですね。
ここまで解説した4つの相続方法を振り返ってもらえれば、それぞれに一長一短あることが分ると思います。
自宅を相続する場合に、全ての人が納得できる万能な方法は存在しないのです。
月並みな言い方になりますが、相続において最も重要なのは、相続人同士が互いを尊重し合い、譲り合う気持ちを持って遺産分割に臨むことだと思います。