こんにちは。税理士の髙荷です。
前回の記事で、雇用保険の未加入に関する記事を掲載しました。
雇用保険に未加入の場合は、最大2年間遡って加入手続きができること、遡及加入した分の保険料を支払う必要があること、長期の未加入期間があると労使間のトラブルになる可能性があることなどを解説しました。
さらに、雇用保険は、以下の要件を満たす従業員については、強制加入になることにも言及しています。
- 勤務開始時から31日以上働く見込みがあること
- 1週間あたり20時間以上働いていること
雇用保険への加入は任意ではなく強制なので、会社の意思によって加入させる・させないを決めることはできません。
では、「試用期間中」の従業員については、どのように取り扱われるのでしょうか?
新しく従業員を雇っても、すぐ辞められたら困るから…
このような理由から、従業員を採用する際に「試用期間」を設けている会社も多いかと思います。
試用期間を設けて従業員を採用することは何ら問題ありませんし、上記のように考える経営者の気持ちも解ります。
しかし、実際には、「試用期間」の意味を履き違えて捉えている経営者が多いのです。
そこで今回から2回に分けて、試用期間の定義等と試用期間中の社会保険の加入の是非について解説したいと思います。
1回目の今回は、試用期間の定義と試用期間を設定する際の注意点を取り上げます。
尚、2回目の試用期間中の社会保険の取扱いに関する記事は、こちらです。
試用期間中の社会保険(健康保険・介護保険・厚生年金・雇用保険)の加入について
労使双方にとって役に立つ内容ですので、今後の会社経営や会社選びの参考にしてください。
また、前回の雇用保険の未加入に関する記事は、下記の記事になります。
雇用保険の加入手続きを忘れていた場合の対処法とトラブルの可能性
試用期間とは
さて、多くの会社で採用されている試用期間制度ですが、その内容を正しく理解している経営者や従業員は少ないと思いますので、最初に試用期間の定義などについて解説しておきます。
試用期間とは、一般的に、次のように解釈されています。
【試用期間とは】
試用期間とは、会社側が、採用した人の働きぶりを見極め、仕事への適性があるかを判断し、本採用するかどうかを検討するための期間を言います。
試用期間中であっても労働契約は成立しており、基本的に試用期間の満了とともに、本採用に移行することを前提としています。
試用期間を理解するにあたって、前提となるポイントは、次の2点です。
- 試用期間は、法令に基づいたものではないこと
- 試用期間は、試用期間後も継続して採用することを目的としていること
試用期間とは、法律上で定められている期間ではありません。
労働基準法をはじめとする各法令には、「試用期間を定めなければならない」とか「試用期間は〇ヶ月でなければならない」などの規定は存在しません。
さらに、「○○に該当した場合には、試用期間後も継続して採用する」等の、本採用に関する要件も法令で規定されているわけではありません。
従って、有り体に言えば、「会社が勝手に決めているお試し期間」と表現することができます。
因みに、試用期間そのものについて規定している法律はありませんが、試用期間に関連する規定を定めている法律は、下記の労働基準法と民法になります。
(解雇予告)
解雇予告、解雇予告手当に関しては試みの使用期間中の労働者には適用しない。ただし、試用期間が14日を超えて引き続き使用されるに至った場合においては、この限りでない。(労働基準法 第21条 抜粋)(公序良俗違反)
公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。(民法 第90条 抜粋)
後述しますが、この2つの規定は、試用期間を理解するうえで、とても大事な項目になってきます。(ですから、覚えておいても損はないかと思います)
このように、まず「試用期間」とは、法律で定められた会社側の権利ではない、ということを理解してください。
また、試用期間は、採用した従業員の「適性を探る」期間です。
とは言っても、よほど特殊な技能(技術)を必要とする業務でない限りは、ほとんどの人に特別な適正は必要ありません。
普通に会社に出勤して、普通に仕事をこなすことができれば、まず本採用されます。
ですから、後述する「特別な理由」があるような人でない限りは、試用期間後も継続して本採用されると考えてください。
逆に「特別な理由」もなく解雇する権限も会社にはありません(これも同様に後述します)ので、試用期間だからといって特別なことをしようとせずに、普通に業務をこなすことが大事です。
但し、試用期間終了後(又は期間中)に、従業員自ら退職するのは自由です。
試用期間に関する注意点
試用期間の定義に関して解説したところで、続いては、試用期間を設ける場合(又は、試用期間中)の注意点に関して解説します。
主に、試用期間を設定する会社側に対する注意点になりますが、逆の見方をすれば、採用される従業員の側からも役立つ事項になりますので、参考にしてください。
試用期間の長さについて
前述したとおり、試用期間は法令等に基づいて設定するものではありません。
従って、試用期間の長さについても、会社の任意で決めることができます。
例えば、「試用期間1年間」などといった長期に渡る試用期間を設定することも可能なのですが、ここで、前掲した民法の規定が関わってきます。
民法では、「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする」とされているため、労働者の適性を見極めるにはあまりに短い試用期間(例えば1週間程度)や、長期間従業員の立場が安定しない1年以上の試用期間は効力がないと考えてもらった方が良いでしょう。
実際に、過去「見習い社員期間 + 試用期間」が1年を超えていたため、労使間でトラブルとなり、会社側が敗訴したという判例もあります。
従って、公序良俗に反しない試用期間の目処としては、一般的に「最長でも6ヶ月」が妥当とされています。(通常は、2~4ヶ月の間で設定している会社が多いようです)
試用期間中の解雇について
試用期間中に起こる労使間のトラブルとして、最も多いのが「試用期間中の解雇」を巡るトラブルです。
この点については、誤解している経営者もいるかと思いますので、ポイントから先に解説します。
- 試用期間中であっても、会社が自由に解雇することはできません
- 試用期間中であっても、解雇予告が必要となります
まず、試用期間中の従業員の解雇についてですが、試用期間中であっても、他の従業員と同じように、客観的で合理的な理由が存在し、社会通念上相当と認められる場合にのみ、解雇することができます。
つまり、辞めてもらうに値する特別な理由がない限り、試用期間中であってもクビにすることはできないということを意味しています。
ここで言う、「辞めてもらうに値する特別な理由」とは、次のようなケースになります。
- 履歴書等に重大な経歴詐称や隠蔽があった場合
- 学歴・職歴詐称や虚偽の記載事項などが発覚したケースが該当します。
- 試用期間中に大幅な能力不足が露呈した場合
- 入社前に見込んでいた能力が全く発揮されず、部署や業務を変えても期待通りの業務内容が行えない場合などが該当します。
- 勤務態度が悪い場合
- 自分勝手で協調性を欠いた仕事ぶりなど、入社後の勤務態度が極めて悪く、周囲の従業員や業務に悪い影響を与える場合などが該当します。
- 勤怠不良の場合
- 正当な理由もなく、遅刻・早退・欠勤等を繰り返す場合が該当します。
- 健康不良の場合
- 体調を崩し、欠勤を繰り返す場合が該当します。(うつ病などのメンタル面での不調も該当します)
上記5つのケースのように、会社側が入社前に知ることの出来ない事実が、試用期間中の勤務状態等で発覚し、その従業員を本採用することが適切でないと合理的に判断されれば、試用期間中に解雇することが可能です。(但し、上記はあくまでも一例です)
また、上記の理由などに該当し、解雇を行わざるを得ない場合であっても、「解雇予告」が必要になります。
試用期間中だからといって、「キミ、明日からもう来なくていいよ、お疲れ様」という解雇の仕方はできません。
これは、前掲した労働基準法第21条の「解雇予告」と同法の20条に規定されている以下の規定によります。
(解雇予告)
使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも30日前にその予告をしなければならない。30日前に予告をしない使用者は、30日分以上の平均賃金を支払わなければならない。(労働基準法 第20条 抜粋)
従って、試用期間終了後に辞めさせる場合でも、解雇予告をしなければならないのです。
もし、解雇予告をせずに期間満了と同時に解雇する場合は、上記に掲げた通り平均賃金の30日分の「解雇予告手当」を支払う義務が生じます。
唯一の例外として、試用期間中、且つ採用から14日以内に解雇する場合に限り、解雇予告は不要となります。(前掲した労働基準法 第21条による)
但し、その場合であっても、「客観的で合理的な理由が存在し、社会通念上相当と認められる場合」にのみ解雇が可能なことに変わりはないので、注意してください。
試用期間中の給与について
試用期間中の従業員であっても、不当に低い賃金(給与)で雇用することはできません。
賃金に関しては、最低賃金法に基づいた最低限度額が存在するため、各自治体の労働局長の許可なく、この最低賃金(※)を下回る金額で雇用することはできません。
さらに、試用期間中に時間外労働(残業)をさせた場合には、他の従業員同様、残業代も支払う必要があります。
【(※)最低賃金とは】
最低賃金とは、国が最低賃金法に基づいて定めた賃金の最低限度額を言い、会社は、この最低賃金額以上の賃金を支払わなければならないとされています。
最低賃金には、次の2種類があり、2つが同時に適用される場合には、高い方の最低賃金額が適用されます。
- 地域別最低賃金
- 特定最低賃金
「地域別最低賃金」は、産業や職種に関わりなく、都道府県内の事業場で働くすべての労働者とその使用者に対して適用され、各都道府県に1つずつ、計47件の最低賃金が定められています。
例えば、平成30年10月現在の大阪府の地域別最低賃金(時間額)は、936円となっています。
一方、「特定最低賃金」は、特定の産業について設定されている最低賃金です。
最低賃金審議会の調査審議を経て、地域別最低賃金よりも金額水準の高い最低賃金を定めることが必要と認められた産業について設定されています。
最低賃金は、原則として「時間額」で設定されているため、月給制や歩合制の場合には、次の要領で、最低賃金を算定します。
- 月給制の場合
- 月給を、1ヶ月の所定労働時間で割る
- 歩合制の場合
- 賃金の総額を、総労働時間で割る
上記により算定した金額が、最低賃金額を下回っていれば、最低賃金法違反となります。
尚、地域別最低賃金と特定最低賃金は、下記厚生労働省のサイトから閲覧できますので、興味のある人は覗いてみてください。
試用期間の明示について
試用期間は、多くの会社が採用しているものですが、新規に従業員を募集する際には、試用期間に関する事項を募集要項に明示しなければなりません。
求人情報や転職情報サイトなどに求人募集を掲載する場合には、必ず下記のように、試用期間に関する事項も掲載します。
- 給与月額240,000円
- 但し、試用期間中は200,000円~
- 賞与年2回(7月・12月)
- 但し、試用期間中の支給はなし
このような明示の仕方をしておけば問題はないのですが、試用期間が設定されているにも拘わらず、それを明示しておらず、入社した後に「3ヶ月は試用期間だから」と、その存在を初めて知るケースもあります。
原則として、求人要項には試用期間の有無の記載は必要であり、仮に試用期間があるにも拘わらず明示しなかった場合は、違法となります。
また、それが原因で労使トラブルになった際は、会社側が不利になることも付け加えておきます。
試用期間に関するトラブルを回避するために
ここまで解説したように、試用期間を設定する際には、きちんと理解しておかなければならない注意点があります。
では、会社側としてはどのような点に留意して、試用期間を設定するのがベターなのでしょうか。
それは、次の点を明確にしておくことが重要です。
- 試用期間に関する取決め(期間や解雇予告など)を、就業規則や雇用契約書に明記しておく
- 本採用となるための要件を、できるだけ具体的に就業規則や雇用契約書に明記しておく(客観的な数値などがあると良いでしょう)
試用期間を巡っては、労使間のトラブルになることも少なくありません。
トラブルを回避するために、まずは会社内部で試用期間に関する規則等を整備しておくことが必要です。
そして、社内文書として保存しておき、その規則等に則った試用期間の運営を行えば、トラブルになることはまずないと言えます。
また、採用される従業員側から見た注意点についても、解説しておきます。
何度も述べているとおり、試用期間は法律に基づいて設定されるものではありません。
ですが、「試用期間中の解雇」については、法律上の厳しい制限があります。
そのため、試用期間中の解雇などに遭遇した場合には、「仕方ない」と思わずに、社内規定を確認させてもらいましょう。
社会規定に基づく解雇であれば、仕方ない部分もあるでしょうが、不当解雇など解雇の内容に納得できない時は労働基準監督署などに相談に行ってください。(会社と言い争うのは愚の骨頂ですので、然るべき機関へ相談に行くのが一番です)
いずれにしろ、労働トラブルは労使双方にとって得にはなりません。
お互いに、「試用期間」の定義や注意点をきちんと理解したうえで、採用に臨んでください。
以上で、試用期間の定義と注意点に関する解説を終わります。