こんにちは、税理士の髙荷です。
先日、安倍首相からこんな発言がありました。
年金制度の批判は簡単だが「打出の小槌」はない。
少子高齢化が進む中で、現役世代の負担過重を抑え年金を確保するのがマクロ経済スライド。
以前の記事で、日本の公的年金のシステムは、「若い世代が、高齢者を養うためのシステム」だと解説しましたが、このシステムは、今後ますます少子高齢化が進んだとしても、変わることはありません。
それ故、安倍首相の発言は、至極もっともな内容と言えます。
でも、ある意味「打出の小槌」とも言える、「消費税の増税」について触れなかったのは何故なのでしょう?
ただ、発言の中にあった「マクロ経済スライド」という言葉、気になりませんか?
最近になってよく耳にする言葉ですが、「マクロ経済スライド」を使えば、本当に公的年金の財源を確保することができるのでしょうか?
そこで今回は、この「マクロ経済スライド」の仕組みについて、分かりやすく解説していきます。
今後も「マクロ経済スライド」という言葉を聞く機会が多くなるかもしれませんので、是非最後までお読みください。
尚、以前に解説した公的年金の仕組みと、公的年金に係る税金については、下記の記事で解説していますので、併せて参考にしていただければと思います。
国民年金と厚生年金の仕組みを歴史的背景も交えて分かりやすく解説します
公的年金等に係る税金の計算方法と3つの優遇税制について解説します
マクロ経済スライドを理解するために必要なもの
さて、最近ニュースなどでもよく取り上げられる「マクロ経済スライド」ですが、この仕組みを理解するためには、最低でも次の2つの用語の内容を理解しておく必要があります。
- 財政検証
- インフレ
聞き覚えのある方もいらっしゃるかもしれませんが、マクロ経済スライドについて解説する前に、まずはこの2つの用語の内容について解説したいと思います。
財政検証とは
財政検証とは、日本の公的年金の財政の健全性を検証することを言います。
噛み砕いて言うと、次のようになります。
【財政検証とは】
財政検証とは、人口統計(出生率)や経済状況(賃金水準や物価水準)などを使って、次の2項目についての「将来の見通し」を作成するシステムです。
- 年金の財源として使えるお金はどのくらいか?
- 年金額の支給額をいくらにするか?
財政検証は、少なくとも5年に1回は行われることになっています。
公的年金の支給額は毎年改定され、「物価や賃金の変動」に応じて決まります。
つまり、物価や賃金が上昇すれば、同様に公的年金の支給額も上がる仕組みになっています。
しかし、このやり方だと、もし物価や賃金がずっと上がり続けた場合には、公的年金の支給額も際限なく上がり続けることになります。
そうなると、公的年金の支給に使える財源が底をついてしまうことも考えられるため、定期的に「財政検証」を行い、将来の収支の見通しを作成して、公的年金の支給額と財源のバランスを取るようにしているのです。
そして、この財政検証の中で、財源に合わせて年金の支給額を自動調整する仕組みが、「マクロ経済スライド」です!
このように、マクロ経済スライドは、財政検証の中で公的年金の長期的な収支のバランスをとる枠組みの1つだと理解してください。
ただ残念なことに、この財政検証の内容は「公表しない」ことになっているそうです…
インフレとは
「インフレ」とは、インフレーション(inflation)の略で、その定義は次のようになっています。
【インフレとは】
インフレとは、物価(商品やサービスの全体の価格レベル)が、ある期間において持続的に上昇する経済現象を言います。
インフレが発生する仕組みとしては、まず、景気が良くなり「商品やサービスを買おうとすること(需要)」が、「商品やサービスを売ろうとすること(供給)」を上回ることから始まります。
つまり、「需要 > 供給」の状態ですね。
すると、需要と供給のバランスが崩れてしまうため、正常なバランスに戻す手段として物価が上昇します。
これが「インフレ状態」です。
また、物価が上昇するということは、同時に「貨幣価値の低下」を意味します。
つまり、今までと同じ値段で商品やサービスが買えなくなるということですね。
因みに、インフレとは逆に、物価の持続的な下落を「デフレ(デフレーション)」と言います。
このように、インフレ状態になると物価が上昇します。
ここで、先ほど述べた「毎年の年金の改定理由」を思い出してください。
公的年金の支給額は毎年改定され、「物価や賃金の変動」に応じて決まります。
つまり、物価や賃金が上昇すれば、同様に公的年金の支給額も上がる仕組みになっています。
さらに、際限のない年金額の上昇を抑えるために財政検証が行われ、その財政検証の1つに「マクロ経済スライド」があるとも述べました。
従って、マクロ経済スライドを理解するために、なぜインフレについて知らなければならないかというと、次のような理由からになります。
マクロ経済スライドは、基本的に「インフレ状態」でなければ発動されません!
尚、通常は、インフレ状態になり物価が上がると、企業の収益も高まります。
企業の収益が高まると、そこで働く従業員等の賃金も上がる傾向にあります。
マクロ経済スライドとは
それでは、ここから「マクロ経済スライド」の仕組みについて解説していきます。
とは言っても、マクロ経済スライドのシステムは非常に複雑になっていますので、まずは、マクロ経済スライドの概要から解説したいと思います。
難しいことはよく分からないから、「とりあえずマクロ経済スライドがどういうものなのか知りたい」という方は、この章だけお読みいただいても構いません。
マクロ経済スライドについての概要は、ここに至るまでの解説であらかた述べてしまったのですが、その仕組みを図示すると、次のようになります。
【マクロ経済スライドとは】
マクロ経済スライドとは、一定の基準により公的年金の増加額(増加率)を抑えるシステムです。
厚生労働省などの解説では、年金額の「調整」という表現をしていますが、実質的には、年金の増加率を低くするためのシステムです。
上図の例であれば、本来物価・賃金の上昇率と同じ30%分だけ、年金の支給額も増えるのが普通です。
ただ、これから先の年金制度(特に、年金の財源の確保)のことを考えて、マクロ経済スライドによる調整分を除いた部分だけを増加させるようにしているのです。
今後、少子高齢化が進むにつれ、年金を負担する(年金保険料を支払う)若年層はどんどん減り、年金を受給するお年寄りがどんどん増えます。
公的年金の財源は、若い世代が支払う年金保険料に依存します。
そのため、分子が増えても分母が減れば、今の70歳の人が貰っている年金額と、30年後に70歳になる人が貰える年金額は当然変わってくるのです。(必然的に、少なくなります)
かと言って、将来の若い世代に多額の年金保険料を負担させることは、その世代の人たちの生活を圧迫することに繋がるため実施することができません。(因みに、年金保険料の上限は、法律で決まっています)
このような、「年金の受給額の格差」と「年金保険料の負担格差」を埋めるために、マクロ経済スライドは活用されています。
【マクロ経済スライドのポイント】
- マクロ経済スライドは、一定の基準により公的年金の増加率を低くするシステムです
- 例えば、本来30%年金額が増加するところを、15%の増加率に抑える役目をします。
- マクロ経済スライドにより抑えられた増加分は、将来の年金支給に充てるために積み立てられます。
- 例えば、30%年金額が増加するところを、15%の増加率に抑えた場合、残りの15%部分は将来の年金支給に備えて積み立てられます。
- マクロ経済スライドによる調整率は、一定の範囲を超えることはありません
- 例えば、30%年金額が増加するところ、マクロ経済スライドの調整率を40%にするようなことはありません。
- 最低でも、プラスマイナスゼロになるように調整されます。
- マクロ経済スライドによる調整率は、物価や賃金水準などを考慮して決められます
- 従って、年金受給額が極端に低くなるような調整率になることはありません。
- マクロ経済スライドは、基本的にインフレ状態の時に活用しないと効果がありません。
- マクロ経済スライドは、将来的な年金の収支(財源と支給額)のバランスが取れると判断されるまで続きます
マクロ経済スライドを活用することで、年金の増加率がマイナス(減額)になることはありませんので、安心してください。
マクロ経済スライドの具体的な仕組み(計算方法)
続いては、マクロ経済スライドの具体的な仕組み(計算方法)について解説します。
ただ、これから解説する計算は、全て国(厚生労働省)が行いますので、ご自分で計算する必要はありません。
しかし、その仕組みを知っておきたいという方もいらっしゃるかと思いますので、簡単に解説したいと思います。
【マクロ経済スライドのスライド調整率の算定】
マクロ経済スライドによる調整期間の間は、賃金や物価による年金額の伸びから、「スライド調整率」を差し引いて、年金額を改定します。
「スライド調整率」は、現役世代が減少していくことと平均余命が伸びていくことを考えて、「公的年金全体の被保険者の減少率の実績」と「平均余命の伸びを勘案した一定率(0.3%)」で計算されます。
(出典 厚生労働省 マクロ経済スライドの具体的な仕組み)
マクロ経済スライドを適用する場合には、上記の「スライド調整率」を使って年金の改定額(改定率)を計算します。
但し、この説明文を読んだだけではよく意味が解らないため、具体的な数字を使って計算してみたいと思います。
尚、計算方法はとてもややこしいのでご注意ください。
【年金改定額の具体的な計算方法】
まず、マクロ経済スライドが適用される場合の年金改定額は、次の算式により計算します。
年金改定額
= 物価変動率又は名目手取り賃金変動率 × スライド調整率
- 前年度までのマクロ経済スライドの未調整分がある場合には、上記算式に乗じます
- スライド調整率 = 公的年金全体の被保険者の減少率 × 平均余命の伸び率
一部のサイトでは、加算と減算で計算していますが、正しくは「乗算」しか使いません!
それでは、上記の計算式を踏まえて、具体的な数字で計算してみます。
- 物価変動率 … 1.0%
- 名目手取り賃金変動率 … 0.6%
- 公的年金全体の被保険者の減少率 … 0.1%
- 平均余命の伸び率 … △0.3%
公的年金の支給額は、「物価と賃金の変動」を基に決められると述べましたが、その物価と賃金の変動を表すのが、上記1.の「物価変動率」と2.の「名目手取り賃金変動率」です。
物価変動率・名目手取り賃金変動率がともにプラスで、「物価変動率 > 名目手取り賃金変動率」の時は、名目手取り賃金変動率を用います。(法律で決められています)
従って、上記の場合には、名目手取り賃金変動率(0.6%)を用いることになります。
尚、新規に年金額を計算する人は「名目手取り賃金変動率」を、既に年金の受給者である人は「物価変動率」により計算するのが原則です。
続いて、スライド調整率を計算します。
スライド調整率は、上記の3.と4.を乗じた数字となります。
ここで、注意点です。
年金改定額の計算をする際には、各数字(%)に「1」を足して計算してください!
つまり、スライド調整率を計算する際には、上記3.と4.の「0.1%」と「△0.3%」にそれぞれ「1」を足して、乗じます。
スライド調整率 = 1.001 × 0.997 = 0.997997 ≒ 0.998 = △0.2%
従って、スライド調整率は「△0.2%」となります。
ややこしい計算ですね~…
最後に、年金改定額を計算します。(この場合にも、1を足してから乗じます)
年金改定額 = 名目手取り賃金変動率 × スライド調整率なので、次のように計算します。
年金改定額 = 1.006 × 0.998 = 1.003988 ≒ 1.004 = 0.4%
従って、年金改定率は「0.4%」となり、前年比0.4%増の年金額が支給されます。
因みに、2019年度の年金改定率には、上記の数字にプラスして「前年度までのマクロ経済スライドの未調整分 △0.3%」が加わります。
前年度までのマクロ経済スライドの未調整分とは、マクロ経済スライドによって前年度までに調整しきれずに繰り越された未調整分を指します。
つまり、マクロ経済スライドを適用すると年金改定率がマイナスになってしまうため、適用しなかった分です。
マクロ経済スライドによる「キャリーオーバー」だと考えてください。
この「前年度までのマクロ経済スライドの未調整分 △0.3%」を加味すると、次のような改定率になります。
年金改定額 = 1.006 × 0.998 × 0.997 = 1.000976036 ≒ 1.001 = 0.1%
従って、2019年度の年金改定率は「0.1%」になっています。
(出典 厚生労働省)
尚、個人的には、上記に示したマクロ経済スライドによる年金改定率の計算方法は、覚える必要はないと思っています。
非常にややこしい計算になりますので、マクロ経済スライドの仕組み(概要)を理解していただければ十分です。
最後に、マクロ経済スライドについて、誤解されている点を解説して終わります。
【マクロ経済スライドは年金を減額するものではありません】
世間では、マクロ経済スライドによって「年金が減額される」と言われています。
しかし、今回の解説をお読みいただいた方であればお分かりだと思いますが、マクロ経済スライドは、年金を減額するものではありません。
マクロ経済スライドは、年金の上昇率を抑えるためのシステムです。
ですから、マクロ経済スライドを適用しても年金額が減らされるわけではなく、寧ろ増えます。
ただ、マクロ経済スライドによって、その「増え幅」が抑えられているだけなのです。
この点については、くれぐれも誤解のないようにしてください。
制度の趣旨や内容をしっかりと理解したうえで、支持するなり、批判するなりしてくださいね!
以上で、公的年金制度のマクロ経済スライドシステムについての解説を終わります。